2013-06-05

未熟児

今朝、父が祖父の最後の49回忌の法事で伊万里に蛙と云う話をしていた。

母が「敏恵の故郷はここ死亡やで。」とポツリと云った。


実を云うとわたしは今日まで父の父、わたしの祖父の名を知らなかった。

なので、祖父の名を母に聞き・・・久保田平九郎と云う名だった(大曝笑)

まあ、実際祖父の家を継いだのは長男の父豊ではなく二男の寿(ひさし)伯父だった。

裡の父豊は五人姉妹兄弟で三人姐が上にいて、父は四番目の子で弟がいる。

三人姉妹の名はヒサエ・トミエ・トキエ・・・(漢字は知らない)

とにかく全部「エ」がついてて

解りやすくていいと思うけど単純に伯母達がエエエ・・・と続いて


んんで、わたしもその慣例に倣って「トシエ」と云う名をつけられたと思ふ。

わたしの姐は幸(みゆき)と云うのだけど、姐は一九六八年に前置胎盤で

本來うしろにあるはずの胎盤が何故か前にあって妊娠を継続できず

帝王切開で八か月目で出産。2000G以下未熟児で

その当時大阪の最新設備の整った大病院で出産したらしい。難産だった。

八か月の未熟児だった姐幸は一週間生きられないと先生に告げられてて

それで母がつけたい名を母が姐にさずけた。

「どうせ長くは生きられないと・・・。」

禱るような気もちで保育器のケースで生死を彷徨う姐をガラス越しに・・・。

わたしは安産だったので・・・父久保田家の慣例に倣い「トシエ」。

その事をわたしが幼い頃から親に聞かされて続けていたので

実を云うと「トシエ」と云う名がわたしは野暮ったくて大嫌いだった。

「ああ~姐みたいにかわいらしい名がよかったな~。」といつも思ってた。

今はキチガイの糞ビッチあばずれ婆でどうでもいいが(大曝笑)。

いま思い出したんだけど、わたしの三匹の児豚娘の毋はわたしが名つけた。

別れた夫はそれをただ承認しただけでぜーんぶわたしが決めたわ(大曝笑)

大體、籍入れたとかも父母に事後報告のみで結婚式の契約儀式事なんかも

わたしはした事はないしな~


母は久保田家親戚一同が揃うような行事にはどういう訳か毎回欠席する。

いつも「忙しい用事」があるので出席出来ないらしい・・・。

細菌死亡した二女トミエ伯母の葬式にも欠席している・・・。


まあ、それは仕方がない。母は久保田家には居場所がない。所詮余所の嫁。

その空気の嫁ないボンクラマザコン父豊には死んでもわからない事だろう。

「まぁ可愛い豊~可愛い豊お帰り❤豊お帰り❤朕朕朕!!!」

㌧豚㌧父豊のチンポ粉も甞めて煽てりゃオダテリャ紀に上るブヒッーだな。

武日ッ~~~部日っ~~~満ザイ~慢ザイって常日頃言霊つこうてるから

ヒィーーー助けてぇ~~~ってな目に遇うのはもう眼に見えてんだけどな・・・。


41nvTuTMNoL__SL500_AA280_Troppo onore! 身に余る光栄! イタリア
チンポ子斤玉☽椰子紀に上りご満悦な久保田豊豚


まあ、わたしが伯父の久保田家に行っても余所の家で余所余所しい空気が流れてて

親戚で身内のはずだが他人行儀で居心地が悪い。いつも父豊だけ歓迎されてて

母やわたしは以下同文。

まあ、伯母達に嫌われてんのね母は。

「あんな嫁の娘は・・・。」みたいな感じで歓迎されてて

その凍りついた吹雪のような空気が居た堪れない。

んんで、わたしは竹をスパット割ったようなハッキリとした姓格だから問題行動に出て

ヒサエ伯母の逆鱗に触れ激怒させる事ばかりで、「あんな三枝子さんの娘だから・・・。」

と云う悪循環でますます母もわたしも疎外感レベルUP!!!


わたしが伊万里に帰へりても、親しみがあるのはやはり母の伊万里の瀬戸で

母の腹違いの兄の子、いとこの山口誠のおうちにいくかな・・・。

まあ、ヒサエ伯母はやさしい人なんだけど・・・

なんかわたしは伯母ともいつも喧嘩してる気がする。


だから、わたしは父豊の父の名すら今日まで知らなかったと云うね~


大體、久保田と云う看板大紋をおうちの表札に掲げてるけどさ


わたしは古賀だし、女に苗字なんかどうでもいいって事は確かだ。


そんなどうでもいい喰えない代紋ものに必死になっては

チンポコ代紋両家の確執朕朕ぉ代理さま様戦争ばっかしてんのぅは


いい加減にしろと、いいたいのはわたしだけだろうか・・・。


わたしの母も伯母に対して一瞬で背筋が凍りそうになる事を

たまにポロッと口走ってわたしに言う事がある

その発言は本当に凄惨な言質(ゲンチ)で・・・。

それについてわたしは何てとんでもない酷い事を伯母に対して言うのかと

母に反論するが、母は聞いていない。

伯母も伯母で影口を母の居ない処でひそやかに

わたしの母の罵詈雑言を言い募っていた

悲しかった。

わたしの非常な厭味ったらしい猛毒舌は実を云うと母仕込みで(大曝笑)。

母も相当な『何か』を心の裡に秘め込んで抱えている。


そしてそんな伯母と母が会うときはいつも表面上ニコヤカに歓談しているのである。


こんな死亡の久保田家奴隷豚賊でも壮絶な怨恨肉親血みどろな世界が広がっている。


世界中は云うに及ばずだ・・・。




慢余一系男性父権マザコン主義なんていうのは肉親同士の確執を生み続ける元凶なんだ余。




自然界單體で行動する動物もオスが幼い子どもを連れあるいてはいない。

トラも熊も常に母子で行動している。

大自然の事と成りをよくよく精査し、こころみれば

今の人間さま様のあり様が如何におかしく不自然か

それに築けない人に何を書いたとて無駄で途方に暮れる。






















































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プロフィール

finss

Author:finss
Photograph三島鴨神社
古賀敏恵 Toshie Koga
現在大阪腐高槻死シボウ
出身佐賀縣伊魔里死本瀬戸
本籍長崎縣佐世保死天神蝶
誕生16日feb月1971穢46
趣味オンラインゲー ム
  腐女婆・婆喰イ 仁
  マザコン男漁り痴女
職業ニートひき籠 もり
  中毒婆自称文学屋

得意竿口淫:肛門舐:殷手帽

日本仁様ら布陣寄せパンダ
見世物磔砕絶賛殷賣中ぢゃ

豚賊ゴキブリ組   
父:久保田豊・銀杏家紋
  佐賀伊万里脇田 76歳
1941/09/20
母:犬塚三枝子・梅鉢家紋
  佐賀伊万里本瀬戸76歳
1941/0612   
1971/0216
娘:三匹児娘ブタ死育中
  21穢・17穢・15穢
1995/10/15
2000/04/11
2001/10/11

おれ 亥マリ居魔四露死苦
全裸道驀進中書く口激布陣


以上

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