2013-03-01

布施木の閨

ねぶた祀りと日本人の奴隷性
http://www2.odn.ne.jp/~caj52560/nebuta.htm
日本原住民の全部がおとなしく奴隷になつた訳ではない。
東北に追われた原住民を組織化し、
扶余人征東大将軍ノ古佐の率いる
五万の大軍を北上川で全滅させ、
鉄武器を奪って田の浦まで攻め込んだアテルイがいた。
しかし次々と大陸の援助で鉄武器を大量に補給された
坂上田村麻呂らと12年にもわたり戦ったが利あらず。
満清部隊に制圧されて滅びた。


アテルイは今の大阪府の杜山(枚方死)まで連行され斬首、

さらし首にされたが、

東北に残っていた妻子や残党は、
大きな穴を掘らされて生きながら埋められ惨殺されたのは、
パレスチナ難民の群をイスラエル兵が
皆殺しにしたのとまるで同じ状態だった。



ただ違うのは、生き埋めの上に土をかけ、
その上に出てこられぬように降伏し奴隷となった者らに踏みつけさせた。
これが今の東北三大奇祭のネブタである。



つまり根(死)の国へ追いやる為の土かぶせの蓋ゆえ、
踏んづける恰好をする踊りで土地の各会社がスポンサーになり、
坂上田村麻呂の山車が賑々しく彩りを添える。


エルサレム難民が、
惨殺を指揮のキリスト教右派の少佐の山車を担ぎ出し
ワッショイワッショイとは、まさかやる訳はないだろう。



まさに無知とは罪悪である。 


こうした倒錯した価値観だから、
自虐史観、自己悪逆史観とも謂われるのである。



(このネブタ祭りの真相を、別な会議室で書いたところ、
青森県の方から「今さらそんなことを暴露されても困る」と言われました。
しかし、私はだからこそ、歴史を正しく認識して、
かってはこの列島の最北端に栄えた日本原住民の一方の雄であった
「津軽王朝」の不屈の精神を讃える祭りに変える事が、
先祖の靈に報いる子孫の義務ではないか。
と提案しましたが・・・・これでは先祖の
シン実を理解すること蘊奥に達せりとはとてもいえはしないから)


万邦無比の日本人の勤勉さというのも、シン実は、
反抗すれば反体制として徹底的に苛められ、
非国民扱いされるから


やむなく奴隷的従順さでオカミの言いなりになってきた伝統だろう。


かつて「戦陣訓」で「生きて虜囚の辱めをうくる無かれ」
とされ野戦病院の動けぬ患者にも自決用の手瑠弾が渡された。


何故かと言えば戦奴の日本兵は、親方日の丸の時は絶対服従だが、
捕虜になると今度は親方紅旗、親方星条旗になってしまう。
中国戦線では学歴のあるのは延安へ送られ、野坂参造の教育を受けた。

その他の者も飯を食わせてもらっている義理なのか、
捕虜になるとすぐさま勝手知ったる味方の陣地へ手引きをし、
先頭に立って突入する。文禄の役でも、
加藤清正を籠城に追い込んだのは、
降倭と呼ばれた旧日本軍だつたのである。


特殊潜行艇で出撃し、捕虜第一号となったS大尉は
「姓名S、認識番号…番」とだけ答えればいいものを、
海軍特別暗号から日本海軍の微にいり細にいったレポートを提出した。
後、山本五十六を撃墜したときには、
勲章代わりにシャンパンを届けられたと言う。



戦奴の兵だけでなく大尉でさえ、
好かれようと媚びるように奴隷根性そのままである。




だから捕虜にされたら将棋の駒みたいに、
進んで敵側の機嫌取りに使われる国民性ゆえ
「捕らえられずに自滅してくれ」と口封じに、
身動きできぬ怪我人にさえ自殺させたのが皇軍なのである。


どうして国民性が万邦無比な奴隷根性なのか?


という根元的な問題を歴史屋が解明しないので、
軍人はその奴隷性を忠誠心と解釈して、
ぶん殴ることで鍛えに鍛えた。

つまり日本人の体制べったり志向や、
長いものにはまかれろ、といった、
御無理御尤もの奴隷根性を、

今や国民性になってしまうまで浸透させ、
遺伝子情報にしっかり組み込ませてくれたのは、
誰のせいなのかと聞きたい。

従順、健気、忠義の国民性からは外圧でもなければ
革命などおきにくいのもむべなるかなである。
つまり、こうした家畜人ヤポンスキーに
我々を仕込んでしまったことを考えて

奴隷は自分で考える事はしません。主人の命令を忠実に実行すれば、
やがて所帯ももて、年季明けには自由の身にもなれます。
こうした習性が何百年も続けば遺伝子にしっかり組み込まれ、
自由な人間性を回復するのは難しいのではないかと思います。
こうした奴隷性の弊害は現今の社会の至る所で噴出しております。


官僚も会社員も上からの命令は絶対ですから、
「おかしいな」と疑問に思っても命令には絶対服従で、
従って組織ぐるみ、会社ぐるみの不正が今の日本を形成している、
と洞察するのは独断と偏見でしょうか。


日本人は正しい指導者さえ現れて「明日からこれで行く」と号令すれば、
一気に変わるでしょう。明治以降の日本の体制は、
律令体制の土台の上に(あくまでも律令制の大枠は破壊されていない)
欧米資本主義制度を設営し、個人の幸せは二の次三の次で、
国益尊重と組織大切主義を第一としたものです。

「ナムハゲメ」が「ナマハゲ」と縮まって転化しだしたのは
足利時代からのことで、守護代の家人と呼ぶ官奴が役人となって、
増産を命じた。ヒエやアワの収穫はできても、
米は難しいのに寒冷地の東北でも無理に押しつけられたのです。


直ぐ見せしめにと虫けらのごとく殺してしまうオカミが、
彼らが見せる地獄図絵の赤鬼青鬼の羅卒のごとく想えて、
農耕奴隷の民は脅えきって
監督官の役人を「鬼」と見なして怖れたのです。



江戸期になっても雑草取りを怠れば収穫に影響するため、
年貢代納の大庄屋が代官手代の指揮で
作男供を使って各戸を廻らせ脅迫していた名残なのです。

明治になっても修身の時代ゆえ、
児どもの時から親の手助けをして雑草むしりをして、
寒冷地といえども増産に励むべしと
「怠け者はおらんけえ」と恐怖教育に利用。
今では観光用になってますが。


太い鉄棒を構え、虎の皮褌で反仏教派の亡者を、
血の池地獄や針の山へ追いやる中国大陸型の鬼を、
ナマハゲは逆に投影して生まれた恐怖政治の具象的産物なのに、
それを日本原住民の隠忍(鬼)と混同してしまうから、
全く訳が判からぬ話になっているのです。



おけら、という地虫がおります。
これは虫ではなく漢方辞典では薬草となってます。
というのは、日本原住民が果敢なレジスタンスをした際に、

日本へきた七世紀頃の満清人は「根の国へ行かしてやる」
と生き埋めにして土砂をかけて蓋となし、
奴隷となった者らに足で踏み固めさせたのがネブタだとは前記しました。
その時、何百人もの原住民を生き埋めにしているので、
未だ迷信がはばをきかせていた頃なので、
彼らの怨霊が穴から這い出して来るのではないかと、
根株が広がりさながら地面にバリケードの如く生い茂る「求」という
草の種を持ってきて植えた。



だから日本原住民はその草根に、
無念の内に死んだ御先祖様の霊が在るのだと、
その根をオケラと呼んで大切にし、
八坂神社の神灯にされ、その火を分けて貰って、
雑煮をつくり、日本原住民は復仇を新年ごとに誓った。
しかしわざわざ中国大陸から持ち込まれた草だから、
漢方薬になるのかと煎じて利尿剤として用いた。


これが江戸期に入ってから「蒼求」となったのです。
しかし東北地方では根蓋の根株を這い回る地虫をオケラと呼んでおります。
私も子供の頃このミニモグラのような可愛い虫を飼っていたことがあります。
というのは、親たちは教えてはくれませんでしたが、
「オケラを殺してはいかん。バチが当たる」と言い聞かされていたからです。





ひふみ神示 第15巻 磐の巻 一八の〇キ 十一条


 第二条 (三六七)

三千年の昔に返すと申してあらうがな。よい御用いたす身靈(みたま)ほど苦労さしてあるのぢゃ。他から見ては、わからんなれど、苦労に苦労さして、生き変り、死に変り、鍛へに鍛へてあるのぢゃぞ。肉体の苦労も霊の苦労も、どちらの苦労にも、まけん人民臣民でないと、目先のことで、グレングレンと引繰りかへりて、あわてふためく様なことでは、どんな事あっても、びくともせん、ミタマでないと、御用六ヶ敷いぞ。こんどの苦の花は神理(ふじ)に咲くのみざぞ。不二に九(こ)の花三九八媛(ひめ)まつれと申してあるが、九(こ)の花、おのもおのもの心の富士にも三九のざぞ。九(こ)の花三けば、この世に出來んことないぞ。まことの@かかりぞ。この先もう建替出来んギリギリの今度の大建替ぢゃ。愈々の建替ざから、もとの神代よりも、も一つキの光輝く世とするのぢゃから、中々に大層ざぞ。人民苦しからうが、先楽しみに御用見事つとめ上げて下されよ。


二つづつある神様を一つにするのであるから、
嘘偽(うそいつわり)ちっともならんのぢゃ。
少しでも嘘偽あったら、曇りあったら、
神の國に住めんことになるのざぞ。



途中から出来た道では今度と云ふ今度は間に合はんのざぞ。
根本からの三千でないと、
今度は根本からの建直しで未代つづくのぢゃから
間に合はん道理わかるであらうがな。

 第三条 (三六八)
インチキ神の前には通らんのざぞ、心せよと知らしてあらうがな。
三千年で世一キリといたすのぢゃぞ。
まことの集まりが神十九ぢゃ、神十九つむと、世界中見えすくのざぞ。

 第四条 (三六九)
素は十と四十七と四十八とあはせて百と五ぞ、九十五柱ざぞ。
旧一月十五日、かのととり、一(ひ)つ九のか三。

 第五帖 (三七〇)
人民眼の先見えんから疑ふのも無理ないなれど、
ミタマ磨けばよく解るのぢゃ、ついて御座れ、手引張ってやるぞ。
誠の三千いくだけではまだ足らんぞ。
心に誠一杯につめて空っぽにして進みてくれよ、
このことわからんと神の仕組おくれると申してあろうがな、
速くなったところもあるなれど、おくれがちぢゃぞ。

苦労、苦労と申しても、悪い苦労気の毒ざぞ、よき苦労花三九くぞ。
花三一て実結ぶのざぞ。
人民苦しみさえすればよい様に早合点してゐるなれど、
それは大間違ひざぞ。神の三千無理ないと、くどう申してあらうがな。
この道理よく噛み和鬼けて下されよ。

神の國は素のキの國、外国とは、幽界とは生れが違ふのぢゃ。
神の國であるのに人民近慾なから、渡りて来られんものが渡り来て、
ワヤにいたしてしまふてゐるのに、まだ近欲ざから近慾ばかり申してゐるから、
あまりわからねば、わかる様にいたすぞ。目の玉飛び出すぞ。

近くは仏魔渡り来て、
わからんことにされてゐるであらうがな。
五度の岩戸開き一度にせなならんと申してあらうが、
生れ赤児の心で神示読めと申してあらうがな。二月十六日、ひつ九かミ。




禁じられた知 精神分析と児どもの眞実
アリス・ミラー著 山下公子訳/新曜社

児どもの性的虐待


忘れられてしまった幼児の記憶を呼び醒ますのは、
かなり念入りな分析抜きには不可能です。

それに、かつて自分の両親から持ち物として
勝手な扱いを受けていた人間には、
自分が自分の児どもを持ち物扱いにしているか
いないか判斷することも困難です。



4.操作的な方法、社会の禁忌に適応することを
支持するやり方では社会改革はできません。

社会を變えうるのは
眞実をくまなく明るみに引き出し、
認める場合だけです。



5.衝動葛藤の排除、ないし、衝動願望に対するより行き届いた管理や、
その種の願望の克服によっては、昔受けた傷を固めることはできません。

どんなものであれ凡ての感情を認め、
児ども時代に受けた精神的外傷に
感情が反慶するのを許されなければ、
決して傷口は閉じないでしょう。




アテルイは今の大阪府の杜山(枚方死)まで連行され斬首、

さらし首にされたが、

東北に残っていた妻子や残党は、
大きな穴を掘らされて生きながら埋められ惨殺されたのは、
パレスチナ難民の群をイスラエル兵が
皆殺しにしたのとまるで同じ状態だった。

ただ違うのは、生き埋めの上に土をかけ、
その上に出てこられぬように降伏し奴隷となった者らに踏みつけさせた。
これが今の東北三大奇祭のネブタである。

エルサレム難民が、
惨殺を指揮のキリスト教右派の少佐の山車を担ぎ出し
ワッショイワッショイとは、まさかやる訳はないだろう。



犠牲社・被害社は加害者を理想化しなければ生きられなかったと云う

闇教育の原則はここでも貫かれております。

このような残虐で残酷な惨殺な歴史の被害社・犠牲社は

記憶を喪失することにより、事実否認なかった事にすることにより

精神のバランスを取ろうとするのがあたり前なのです。


太い鉄棒を構え、虎の皮褌で反仏教派の亡者を、
血の池地獄や針の山へ追いやる中国大陸型の鬼を、
ナマハゲは逆に投影して生まれた恐怖政治の具象的産物なのに、
それを日本原住民の隠忍(鬼)と混同してしまうから、
全く訳が判からぬ話になっているのです。



これは無意識裡のトラウマ心理防衛と云いい

意識的に登場人物を逆方向にすり替え演じて

加害者を美化し理想化しているのです。

これらのお為ごかしの嘘偽りで

無意識裡の奥底へ誠の日本古代史沈ませ淀ませる事によって

通常は精神の安定を図るのです。

是れが通常の人の反応なのです。


人形の揺り籠  2012-11-17

すべて忘れてしまえるように
http://ameblo.jp/pandemonium0299/entry-10788513766.html

救出されてなお続く、フラッシュバック。

また、サビーヌがいくら忘れようとしても、世間は事件を忘れようとはしなかった。

見知らぬ人に声を掛けられ、謂われない中傷を受け、忘れたい事件のことを蒸し返された。

彼女や彼女の様な被害者でしか紡げない言葉で、

犯人だけでなく、社会をも痛烈に批判します

(声をあげることすら出来ない事が多いというのに)。

「子供時代を乱暴に奪われた私がのぞんだのは、普通の女の子に戻ること、

それだけだった。しかし世間はそれを許してはくれない。」


罪の意識すら無い、見えない暴力が、

どこの社会にも内包されているのだと思い知らされます。

勿論、社会を構成するのは私たち一人一人です。




事実の否認を被害社の怨恨による・激怒・憎しみの訴訟だと

中傷し、興味本位で嘲笑し、好奇な目でさげずみ

現実にあった児童ポルノ虐待を芸術だと

すり替え隠蔽・封印し闇に葬り去ろうとするのです。


70年代は「おとなたちが児どもを玩具にしていたもっとも寛大な」時代だと

屁理屈を並び立てたり、事実をすり替え逆に被害社に罪を着せたりして

母親や周囲の大人たちの判断は正しかったと正当化しておきたいのです。




思い出したくもない忌まわしい記憶をエグリだしては蘇らせて

それを反芻することになるような裁判などは普通はできないのです。

本当に残虐な事件の被害社・犠牲社となった場合は

その出来事の現実・眞實・事実からは眼を背けて

ただひたすら記憶の奥底に深く沈殿させて

忘れようとするものなのです。

それは人間に備わっている心理的防衛反応という自然な反応なので

犠牲社が加害者を理想化するという

本来ありえないような状況すら普通に起きるのです。



ですが歴史上唯一、加害者を理想化せずいつの日にか

あの日、母(イスラスメラ)を殺したあいつを

親の仇を撃つと心に固く誓い忘れなかった一賊がいます。

それはハムのカイン兄さんの子孫達

彼らはEdenをAdamとeveに追放されたか


リリト激震    2012-12-03

リリトの婿は李
(悪魔・出雲大社・長江・主メル・ケルト)

長男・カインは悪魔・農業・ハム(見た目はヤペテ)


リリトの婿はアダム周(神)

二男・アベルは神・牧畜・ヤペテ防周(Judea・Christo)

長女・セト・セム(イスラム・仏教・ヒンドゥー・儒教)防周



YAP-DE  DEMON・DE紋


リリ登の義母はイブ周【聖母】



Noah
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%8E%E3%82%A2_(%E8%81%96%E6%9B%B8)
大洪水後

その後ノアは葡萄を栽培していたが、あるときワインで泥酔して裸で眠ってしまった。
ハムは父の裸を見て兄弟たちを呼んだが、
セムとヤペテは顔を背けて父の裸を見ずに着物で覆った。
ノアはこれを知るとハムの息子カナンを呪い、
カナンの子孫がセムとヤペテの子孫の奴隷となると予言した。



若しくはあの日ノアに、ねぶた祀りのような事を

大きな穴を掘らされて生きながら埋められ惨殺され

カインの賊長イスラスメラは見せしめの為

生き埋めの上に土をかけられて

その上に出てこられぬように降伏し奴隷となった者等に踏みつけさせられた。

カイン兄さんの一賊は生き埋めにされた挙句に

誠の事実とはまったく逆のペテンによって填め込まれ

ノアには嘘偽りで呪いの言葉を投げかけられた後に

カイン兄さんの一賊達は砂漠の荒野に追放されたのだとわたしは思いました。


彼らはいつの日か親の仇を撃つと心に誓いを建てて

通常は思い出したくもない忌まわしい記憶をエグリだしては蘇らせて

それを反芻することになるような事を宗教儀式として

密かに子孫に語り伝えて來たものと推察出來ます。

http://ameblo.jp/kennkou1/entry-11480619760.html

ですからどれほど悲惨で残虐な惨殺が

カイン兄さん(イスラスメラ)の身に隠岐降り注いだのか

それは想像を絶するものがあります。筆舌に尽くしがたい。

残虐な裏切りと加害者等の嘘偽り、経験の欺瞞があった事でしょうか・・・。

今となっては誰もそれを窺い知り察するにはあんまりと云えます・・・。

三千年以上昔話を子孫に語り今に伝えるには

それしかなかったのだとわたしは思念します。



決して忘れないと自らがされた殺戮や虐殺を

宗教儀式として多民族に行うというのは

云わば諸刃の剣で、相手に行う狂気は即ち己自身をも

さいなみ自らの心と魂を切り裂き破壊するような

凄まじい憤怒と憎悪・離人感を引き起こし

月刺さる心の痛みと葛藤。

地獄の淵や底を這いずりまわりのたうち回る空虚感と虚無感

云い知れぬ苦しみと淋しさを常に抱いていたと思います。

誰からも理解されないと云う神からもSatanと見放された絶望と悲しみ

許されざる行いと云う世界観を背負う

孤独は人をさいなみ底なし沼のような先の見えない暗闇とDark・・・

絶叫し叫び続けるような絶望感は他にあるといえる人がいるでしょうか?


中津國では福建省には客家と云われる人達がいます。

福建省・客家土楼
福建省・客家土楼


彼らはまるで外敵から身を守るかの如く、侵入を固くなに拒絶するような

客家土楼を築き上げ血賊だけで塊り生活していました。

彼らは同じ漢民族であるはずの人々とは

何故距離を置いて生活していたのでしょうか?

その姿は現代のニートの少年・少女の様子と同じではないでしょうか。

周囲のおとなから心を閉ざし部屋に閉じこもって

家族ともサイ低限の会話や交流をもたない姿と・・・。

客家の人達は纏足と云う風習はもちませんでした。

あれほど中津國で素晴らしいと吹き荒れた悲しみの

伝統文化であったにもかかわらず・・・。


承啓楼・客家の郷
承啓楼・客家の郷


人の生育歴や世界の歴史は同じなのです。

個人には個人の民族には民族の國家には國家の

精神的外傷トラウマが存在するとわたしは思います。

その精神的外傷トラウマを癒し水晶のような

澄み凛然とした光を顕す世界観をとり戻すことは

誠・眞実でしか決して結実することはないのです。


眞実は通常現実の作用とは逆方向に演じられると云う闇教育の原則を

踏襲するなれば至極あたり前の人間行動心理だとわたしは思念します。


美ニボン贋真  2013-02-22

壱岐の囁き   2013-02-21


それ故に、ひふみ神示ではことさら幾度となく

嘘偽りはちっともならんと示されているのです。

ひふみ神示は善悪と云う視点ではなく

人には罪すらないとおおせなのですが

誠、こと、こと、心言行にかんしては誠を貫けと

示されております。






一九五四年三月一日

太平洋のビキニ環礁で第五伏流真瑠、米國の水爆実験で死のhighを浴びる。



第五伏流圓
じジ通信社



カムチャツカ東岸沖でマグニチュード6.7の地震
http://japanese.ruvr.ru/2013_03_01/kamuchakka-jishin/

カムチャツカ東岸沖で1日深夜、マグニチュード6.7の地震があった。
ロシア科学アカデミー地球物理学局が伝えた。クリル列島のパラムシル島では、
揺れが感じられた。地震は、現地時間1日午前1時15分
(モスクワ時間で2月28日午後6時15分)に発生した。

震源地は、セベロクリリスクから106キロ。
一時的な停電が発生したが、犠牲者や建物の倒壊などはなかった。



4RIA-089252-Preview.jpg



01日04時50分頃地震がありました。
震源地は福島県会津 ( 北緯37.0度、東経139.4度)で震源の
深さはごく浅い、地震の規模(マグニチュード)は2.4と推定されます。

福島県  震度1  檜枝岐村上河原*



01日08時26分頃地震がありました。
震源地は栃木県北部 ( 北緯36.9度、東経139.4度)で震源の
深さは約10km、地震の規模(マグニチュード)は3.4と推定されます。

栃木県  震度2  日光市湯元*



     震度1                   日光死日殷・日光死中鉢石町


福島県  震度1  檜枝岐村上河原*


群馬県  震度1  片品村東小川*


転理由

一日一十五爺八糞ヒ頁血雨龍がありました。
震源地は福死魔縣会津・北緯三七ドゥ、東経一三九天三ドゥで震源の
深さは約十㌔、地震の規模マグニチュードは三天一と推定されます。

福死魔縣  血雨龍2  檜枝岐村上河原



結果


Carly Rae Jepsen   Call Me Maybe























































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プロフィール

finss

Author:finss
Photograph三島鴨神社
古賀敏恵 Toshie Koga
現在大阪腐高槻死シボウ
出身佐賀縣伊魔里死本瀬戸
本籍長崎縣佐世保死天神蝶
誕生16日feb月1971穢43
趣味オンラインゲー ム
  腐女婆・婆喰イ 仁
  マザコン男漁り痴女
職業ニートひき籠 もり
  中毒婆自称文学屋

得意竿口淫:肛門舐:殷手帽

日本仁様ら布陣寄せパンダ
見世物磔砕絶賛殷賣中ぢゃ

豚賊ゴキブリ組   
父:久保田豊・銀杏家紋
  佐賀伊万里脇田 73歳
母:犬塚三枝子・梅鉢家紋
  佐賀伊万里本瀬戸73歳   

娘:三匹児娘ブタ死育中
  十九穢・14穢・13穢

おれ 亥マリ居魔四露死苦
全裸道驀進中書く口激布陣


以上

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