2012-06-02

ルーツ

南河=華南=カナン


縄文民族思想の集い2
http://webcache.googleusercontent.com/search?q=cache:2OLwzw1Q78EJ:unkar.org/r/geo/1293613282+&cd=14&hl=ja&ct=clnk&gl=jp
客家に特徴的なのは、O3a4-M7 (O3a3b-M7)ですぜ
ミャオ族の最大派閥と同じですわ

日本にはO3a4-M7は少なく
日本に多いのは、ヒマラヤ雲南北部型のO3a3c-M134,O3a3c1-M117
モンゴルや満州のO3-M122は意外と少ない


それ、結構重大だよなあ。客家は厳格な父系社会で、在地民からは嫁しかとらない。
そして、客家は、古代の中原から移動してきた(という少なくとも伝説を持つ)

にも関わらず、客家の『Y染色体』が、漢族が侮蔑してやまない苗族と同じ。

ということは、古代の漢族は、(今の)苗族に近縁の人種集団だったということになる。


客家と華僑のちがいは?
http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1455746624

「商」という国をご存知ですか?
またの名を「殷」、中国最初の王朝と呼ばれている国です。
(最近は、その前の夏という国も実在していた可能性があるとされている)
紀元前1500年頃から半世紀近く繁栄した国ですが、
紀元前1027年に周の武王によって滅ぼされました。

商の民衆は周によって虐げられ土地を所有する権利を奪われます。
それによって物を売り買いする卑しいとされた仕事に従事するようになりました。
これが「商人」の始まり、それらの人々が客家の元々の源流なのです。


ユニークな客家人
http://blog.livedoor.jp/eurasiachina_team/archives/10409662.html
彼らは客家方言という中国語を話し、実は彼らの言葉が日本語に一番近い中国語と言われています。諸説ありますが、客家人が南下し始めたころが、丁度日本に中国語が伝来した時代でした。よそ者の彼ら客家人は、いつも閉鎖的な社会で生活していたので、絶滅した古代中国語に近い言葉を、今でも話しています。
不思議なのが、「土楼」といわれる彼らの住まい。敵から身を守るためにどんどん建築様式を進化させてきました。数百人単位で土楼に生活しています。土楼建築の1つの「円楼」を上から眺めると本当にUFOかドーナツのように見えてきます。

b4.jpg
承啓楼は1709年建築


客家による抗日運動を描いた台湾映画『一八九五乙未』
http://yohnishi.at.webry.info/200904/article_10.html
台湾の抗日運動は実は朝鮮の抗日運動より激しかった(逆に言えば朝鮮の抗日運動は思われている程激しくなかった?)という話は以前どこかで読んだ記憶があったが、その主体が
客家人であったことは本作品を見るまで知らなかった。

本作品における日本や日本人に対する描き方は、糾弾するような姿勢や、悪魔の様な描き方ではなく、人間的ではあるが時代状況に翻弄された人々としてと描いている。とはいえ
日本軍がゲリラ、住民を問わず無差別虐殺を行ない国際的非難を浴びた事実は淡々としかし明確に指摘している。


1895年


【YAP】日本人とチベット人は同祖
http://mimizun.com/log/2ch/geo/1117725834/
【雲南省住民のYAP+ホルダー率 by 雲南大学】
チベット族:Tibetan (36.0%)
納西族:Naxi (37.5% and 25.5%)…雲南省麗江納西族自治県
壮族:Zhuang (21.3%)…隣接省や東南アジア北部に二千万人以上の人口
景頗族:Jingpo (12.5%)…チベット高原南部より移住
苗族:Miao (11.8%)
幾族:Dai (11.4%, 10.0%, 3.3% and 2.0%)

The geographic polymorphisms of Y chromosome at YAP locus among 25 ethnic groups in Yunnan, China
ttp://219.238.6.200/article?code=01YC0226&jccode=06


大海の魚に作られた村 鳥になるシャーマン
http://www.shvoice.com/watch/sightseeing/15999.html

彼らもまた歌や踊りを好む民族であり、
情歌「ヤムコ」、稲作りの歌「アホホ」のほか、
木の葉で作った笛「ピパポ」に竹製の口琴「ジャーウェイ」など、
豊かな音楽文化を持っている。
また、「その昔、巨大な魚が男と女を一人ずつ作り上げ、
女は21人の子どもを産んだ。
そのうち3番目の子どもが竜王となり、
育ててくれた母親に感謝して、稲の種を送った」という内容の創世神話は、
今でも彼らの文化に根強く残る。

魚は水の象徴として重んじられているが、
女性が魚の形をした首飾りを身に付けていることが多いのは、
このためだと思われる。


ハニ族娘
ハニ族(頭に鈴の飾りの民族衣装が印象的)


ナシ族
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%8A%E3%82%B7%E6%97%8F
ナシ族は元来母系社会の一妻多夫制で、家庭などでの女性の地位が、男性と平等とまでは行かないが、比較的高い。それを表す一例として『祖母部屋』がある。これは一家の女家長である最年長の女性が住む部屋で、ここに先祖の祭壇などがあり、家内の未成年はみなここに住むことになっていた。現在でも古い家にはこの部屋があるという。ナシ族は基本的に自然崇拝である。

ナシ(納西)族の故郷
水の都 麗江(リージャン)

http://www5b.biglobe.ne.jp/~tanzawa/nashi/nashi.htm

トンパ博物館
http://blog.goo.ne.jp/usuaomidori/e/22a65b8c5d94f424aa71b3f63e27a878
トンパ文字(中国語:東巴文)は一般的にはナシ族
(中国のチベット東部、雲南省北部に住む 少数民族)のナシ語。
象形文字とされている。

この象形文字は、ナシ語の表記に用いられていた。
約1400の単字。現在、唯一の『生きた象形文字』とも言われる。

エジプトの象形文字と共通の文字も多く、見ていて楽しい。

どこと無く亀甲文字をも思い浮かばせるのは、
元占いといった呪術的要素を含んでいるせいだろうか・・・

文字(模様=象形文字)をみているだけである程度なら分かるもの、
納得できる。これも象形文字としての共通項。


ナシ族トンパ文字
ナシ族トンパ象形文字
 

ただ世界中で唯一 色によって意味を変えうる文字。

黄色はお金、黒は悪などの意味を持つ。

既存の文字に色をつけて字の意味を広げるのは興味深い。


知られざる人類婚姻史と共同体社会
未開部族の婚姻様式などから、
人類500万年に亙る共同体社会の原基構造に迫っていきます。

http://www.jinruisi.net/blog/2006/11/post_58.html

漢民族の南下によって長江の民は次第に雲南省などの奥地に追いつめられていった。その子孫と見られる苗族は今では中国の少数民族となっているが、その村を訪れると高床式の倉庫が立ち並び、まるで日本の弥生時代にタイムスリップしたような風景だという。倉庫に上がる木の階段は、弥生時代の登呂遺跡と同じである。かつての水田耕作を山岳地でも続けるために、急勾配の山地に棚田を作っているのも、日本と同様である。

苗族が住む雲南省と日本の間では、従来から多くの文化的共通点が指摘されていた。味噌、醤油、なれ寿司などの発酵食品を食べ、漆や絹を利用する。主なタンパク源は魚であり、日本の長良川の鵜飼いとそっくりの漁が行われている。

た明治時代に東アジアの人類学調査で先駆的な業績を残した鳥居竜蔵は、実地調査から台湾の先住民族・生番族と雲南省の苗族が同じ祖先を持つ同根の民族であるという仮説を発表している。

長江文明の民が漢民族に圧迫されて、上流域の民は雲南省などの山岳地帯に逃れて苗族となり、下流域に住む一族は海を渡って台湾や日本に逃れた、とすれば、これらの人類学的発見はすべて合理的に説明しうるのである。


miao-1.jpg
苗族


『歌垣』より引用します。
http://www.jinruisi.net/blog/2006/11/post_58.html

男女が集会し相互に掛合歌をうたうことによって求愛し,あるいは恋愛遊戯をする習俗で,年中行事あるいは儀礼として行われることが多い。分布は古代日本のほかに,現代では中国南部からインドシナ半島北部の諸民族において濃密であり,フィリピンやインドネシアにも類似の掛合歌が行われている。中国貴州省南東部のミヤオ族の場合では,歌垣はミヤオ語で遊方といい漢語では揺馬郎という。
村には遊方を催す場所が,村はずれの山の背に決められており,2月2日の敬橋節のような祭日や農閑期に行われる。毎晩8時か9時ごろから,夜中の1時か2時ごろまでつづく。女は15~16歳,男は16~17歳になると参加できる。60~70組の恋人が集まり,互いに向かい合って手をつなぎ,軽やかに裏声で恋歌を対唱し,愛情を伝え合い,他の組の邪魔はしない。ベトナム北部のバクニン省の農村では,旧暦3月5日から12日までの村の鎮守の祭りには,毎晩集会所での儀式が終わったあとで,若い人たちは村の門のそばの繁みの下で掛合歌をやった。対になって歌い,その内容は愛をテーマとしていた。それから恋人たちは隠れたところに行って交わったが,その際,少女の同意なしに連れて行くことはできなかった。こうして親密になった二人は,祭日後,結婚することができた。

このような歌垣は,元来は集団的な成年式だったと考えられている。歌垣で婚約し,その後,多くの場合は収穫後に結婚式を挙げるというのが古い形式であったろう。この歌垣を催す民族には焼畑耕作をやっているものと,水稲耕作を営むものとの両方が含まれているが,おそらく元来は山地の焼畑耕作文化の要素であったろう。中国南部では,歌垣の習俗とほぼ重なって,結婚しても夫妻は別居し,しばらく一方が他方のところに通い,子どもが生まれてから同居する不落家の習俗が分布し,日本の妻問い婚を思わせる。


伝説1:苗族の天岩戸伝説
http://www.sizen-kankyo.net/bbs/bbs.php?i=200&c=400&m=261354

■苗族の天岩戸伝説
 昔は10個の太陽がありましたが、暑くてたまらないので、人々は9個の太陽を射落としました。すると最後の太陽は、山に隠れ二度と昇ってこようとはせず、この世は闇となり、賢者達は相談し、太陽を呼び戻す使者を立てることにしました。いろいろな動物が、次々に太陽に訪れ、二度とあなたを傷つけないから空に昇ってほしいと伝えましたが、太陽はしらんぷりをします。  最後に、雄鶏が大声で鳴くと、太陽はようやく姿を現します。 太陽は、鶏の時の声が大好きで、理詰めで相手を説得するより、相手の好きなものをあげる事が神(人)を容易に動かすという事で、雄鶏はこのときの功績で赤い冠が与えられたというものです。

鶏の原産地は、中国南部から東南アジアのあたりと考えられており、人が鶏の飼育をはじめて間もなくこのような話がつくられ、鶏の広まりとともに各地に伝播したものです。  

日本の天の岩戸伝説でも、神々が天安河に集まり、天照大御神を呼び出す相談をし、常世の長鳴鳥(ながなきどり)を集めて一斉に時の声をあげさせており、話のストーリーが極めてよく似ております。

やはり、貴州や雲南省の人々が、戦乱を避けて、海を渡り、南九州にたどり着いたのが、天孫降臨だと思います。  ちなみに天=海(あま)であって、天(=海:あま)津族は、海人族であり、天の岩戸は、海の岩戸であり、海岸にある横穴であると考えるべきでしょう。 現在でも伊勢神宮の近くに、「天岩戸」と呼ばれる海食洞があります。



「前提」と「偏見」からの解放ーールツ記
http://dousen.seesaa.net/article/22486881.html
モアブ族は、創世記のソドムとゴモラへの天罰の時に、
そこを逃れたアブラハムの甥・ロトが、
自分の長女との間に産んだ子どもの子孫なのです。
(参照:創世記十九章三六節から三八節)
「近親相姦」の末です。
モアブ族は、イスラエル人とっては、
近親相姦をした民族の子孫として軽蔑の対象となっていました。
そのモアブ族の女・ルツと、イスラエル人・ボアズとの混血児がベレツ。
ベレツの子孫に、英雄・ダビデが生れ、イエスもその子孫となります。



そもそも母系社会ではこのような偏見も差別も起きないでしょうに・・・。


66、ルツ記(国際結婚記)―――――――――――――偏見と差別を超えて
http://www.asahi-net.or.jp/~zm4m-ootk/30rutu.html





神のみえざるなんとやら

客家人のことを調べていたら雲南の少数民族苗族と同祖を示すDNA。

日本人のアイヌゆかりのYAP(D)系統遺伝子も見つかっている。

長江文明発祥だったらしい。

苗族の風習・習慣も日本人とよく似ているし

自由恋愛とかも母系社会っぽい形態。

だけどどういうわけか、同祖であろう客家人はバリバリの父系社会らしい。

古代中国ではなんらかの侵略戦争があって苗族は雲南の山岳地帯に逃げた。

それを忘れないために略奪婚という風習を残したのだろうか?

そして山岳地帯に逃げずに他民族の侵入を防ぐ為、強固な土楼を築いて

いくさに備えるため父系社会になったのだろうか?

東へ向かい商人となり海に向かった一族が客家人なのだろうか???

苗族由来の母系社会思想が根底に客家人にはあったので

客家には纏足の風習はなかったのか。

そして侵略されたトラウマなのだろうか他民族に対しては排他的。

台湾侵略・抗日の主軸となって勇ましく戦った客家人。

それが、かつていにしえの日本で起こった

神武天皇大和侵略に私は重なって思えた。

客家人は東洋のユダヤ人ともいわれてる。


うーん、うーん


二十代の時、全く何も知らずその地を訪れ留学してたことも

なんか意味でもあったのでしょうか・・・。

古代日本人の香りが漂う雲南。


うーん、うーん、一体全体これはどういうことなのか今一つ呑み込めず

言葉をなくした。

私には全く解らないけど、いちおう日本人共通のなんたらっぽいのを

載せておきます。



なんかここら辺をゴソゴソ調べればいっぱい出てきそうな予感。




02日19時59分頃地震がありました。
震源地は北海道南西沖 ( 北緯41.9度、東経139.3度)で震源の
深さは約10km、地震の規模(マグニチュード)は3.3と推定されます。

北海道  震度1  奥尻町青苗



林憶蓮 - 破曉 國語版 (Daybreak)
http://www.youtube.com/watch?v=_sdKbgQETB0&feature=watch_response

天  一天天的老
(天は日一日と老いていく)

地  一天天小  
(地は日一日と小さくなっていく)

 痛了誰知道  
(その痛みを誰が知るだろうか)

只有獨自微笑 不任風雨動搖

期待某年某月某天 霧散了
(いつの年いつの月いつの日 その霧は晴れるのか)


私がわかるところだけ日本語訳をのせておきます(間違ってるかも)
この曲は私が雲南留学中に口ずさんでいた曲で一番大好きでした。



























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プロフィール

finss

Author:finss
Photograph三島鴨神社
古賀敏恵 Toshie Koga
現在大阪腐高槻死シボウ
出身佐賀縣伊魔里死本瀬戸
本籍長崎縣佐世保死天神蝶
誕生16日feb月1971穢43
趣味オンラインゲー ム
  腐女婆・婆喰イ 仁
  マザコン男漁り痴女
職業ニートひき籠 もり
  中毒婆自称文学屋

得意竿口淫:肛門舐:殷手帽

日本仁様ら布陣寄せパンダ
見世物磔砕絶賛殷賣中ぢゃ

豚賊ゴキブリ組   
父:久保田豊・銀杏家紋
  佐賀伊万里脇田 73歳
母:犬塚三枝子・梅鉢家紋
  佐賀伊万里本瀬戸73歳   

娘:三匹児娘ブタ死育中
  十九穢・14穢・13穢

おれ 亥マリ居魔四露死苦
全裸道驀進中書く口激布陣


以上

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