2012-04-10

オレンジ計画

瀬島龍三と宅見勝「てんのうはん」の守り人 鬼塚英昭著作

「オレンジ計画」と大東亜戦争の実相

 天皇は陸海軍の内乱を恐れていた。だから瀬島をことさら重用し、作戦を練らせた。それも敗北にいたる作戦をだ。こうした視点に立つと、大東亜戦争を始めた経緯もすべてうまく説明できる。陸軍の皇道派と海軍がアメリカとの戦争を回避するように動いたが、天皇はあえてアメリカとの戦争を主張していた陸軍統制派の東条英機を首相に任命し、アメリカとの戦争を開始させた。

 日本の現代史家たちは大東亜戦争の原因を追究するとき日本側の資料のみを分析する。しかし、これは真相究明にいたる方法ではありえない。

 「オレンジ計画」というものがアメリカにあった。アメリカの対日侵攻戦略は大東亜戦争開始の五十年前からすでにあったということを私たちは知らなければならない。このオレンジ計画について、ほとんどの現代史家は無視し続けている。たとえ書いても表層的である。~中略~


 真に残念というべきか、あの大東亜戦争はオレンジ計画通りに進行した。真珠湾から始まった戦争は、アメリカが事前に予定した通りに進行した。~中略~

 どうして大東亜戦争が予定通りに進行していったのかを考察するとき、天皇と瀬島龍三が進めた「和工作」が見えてくる。天皇はスキャンダルが公になることを恐れ、大東亜戦争をオレンジ計画通りに進める以外に皇統を維持できないように仕組まれていた、と考える以外に解は見いだせない。真珠湾攻撃がはっきりした日から、オレンジ計画は具体化し、計画通りに真珠湾は攻撃された。それも中途半端な攻撃であったが、これも計画通りであった。

 ということは、山本五十六、南雲忠一、草鹿龍之介、源田実たち司令官がアメリカの意を知りつくし行動したということである。天皇と瀬島龍三の「和工作」の推進係であったことになる。続く珊瑚海海戦、ミッドウェー海戦と彼らがオレンジ計画通りに動き、最初の真珠湾攻撃以外には敗北に敗北を重ねていったのである。彼らはソロモン海戦でついに力尽きた。続インパール作戦、サイパン玉砕、レイテ沖海戦、硫黄島玉砕、沖縄決戦、これらすべて瀬島を中心とした参謀たちが、オレンジ計画通りに敗北を重ねるのである。これは単なる偶然ではありえない。日本の「和工作」とアメリカの「オレンジ計画」がほとんどの日本人の知らないところで深く結ばれていたからである。

 「太平洋戦争の四年間、米国は『オレンジ・プラン』と呼ばれる戦略におおむね沿った形で戦争を遂行した」ことを日本人は知らねばならない。



では天皇と瀬島が必死に天皇制護持のために進めた
『和工作』なるものとは一体なんだったのか?

どういったスキャンダルが公になることを恐れ、大東亜戦争をオレンジ計画通りに進める以外に皇統を維持できないように仕組まれていたのか?



「田布施システム」はいかにして誕生したのか

『日本のいちばん醜い日』から引用する。

 大室寅之祐は田布施町の生まれ。私は二〇〇六年十月、この田布施を訪れた。光市と柳井市に挟まれた寒村の風景がそこにあった。私は知人と大室寅之祐について学びはじめていた。わたしの手元に知人が作成した一枚の系図がある。簡単に記すと、伊藤博文(林家が伊藤家の本家)と「虎の門事件」を起こした難波八助は一族である。また宮本顕治(日本共産党)も一族。そして木戸幸一も系図に入ってくる。京都大学教授でマルクス主義を木戸幸一、近衛文麿に教えた河上肇も一族である。そして、大室寅之祐の生家の近くに岸信介の生家もある。この地から代議士の国光五郎、難波作之助が出ている。また、元外相松岡洋右も岸信介の一族である。あの終戦内閣の最後の内務大臣安倍源基も大室寅之祐の生家の近くである。これは偶然とはいえない何かがあるだろう。
 
 益田勝美は「奇兵隊挙兵の翌年に……」と書いている。『中山忠能日記』の中に「奇(奇)兵隊天皇」の言葉が出てくる。

 私はこの田布施町の周辺から、日産コンツェルンの創設者鮎川義介と日立コンツェルンの創設者久原房之助が出ていることも知った。まだまだすごい人々が、この田布施という小さな町か、その周辺から出ているのである。

 大野芳の『天皇の暗号』(二〇一一年)が出版された。本格的に大室寅之祐論を展開した本である。~中略~


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暗殺された虚弱体質であった睦仁東宮とすり替わった



 私が前章で書いた「和」、「和工作」を思い出してほしい。大野芳の文章と重ねてみると見事に一致することが分かる。大東亜戦争がアメリカの「オレンジ計画」通りに進行していったのも、すべて予定通りであった。はっきりさせたい。孝明天皇が暗殺され、その子睦仁親王も暗殺され、大室寅之祐が明治天皇、否、「てんのうはん」になって日本は狂ったのである。この事実をイギリス大使パークスと武官アーネスト・サトウが知り、すべてが彼らのシナリオ通りとなり、日清戦争を仕掛けよ、日露戦争をやれ、そして大東亜戦争へと突き走らされたのである。~中略~


 明治天皇は「てんのうはん」と長州の人々に呼ばれていた。このニセ天皇とその天皇を支え続けた人間たちは「自分たちの秘匿しぬこうとする最後の終結形態」を永遠に隠そうとして、「てんのうはん」をして「神聖ニシテ侵スべカラズ」と規定したのである。しかし、「てんのうはん」の真相は軍人のエリートや近衛文麿などの貴族たちは知っていたのである。だから天皇は彼らを一気に葬り去るべく、「不幸中の幸い」を求めて大東亜戦争を勃発させるべく瀬島龍三に命じて作戦を立てさせたのであった。「和」とは簡単に書けば、「てんのうはん」の悪あがきのことである。~中略~



 大東亜戦争は終わっていない。一九七四年以降も「てんのうはん」を中心にして日本は動いていく。『てんのうはん』誕生のドラマが、田布施に生まれた秘密組織と日本の暗黒街とが結びつき、『オレンジ計画』の続きともいえる『ニュー・オレンジ計画』を迎えて動き出す。



田布施システムは電通と結びついた

『瀬島龍三と宅見勝「てんのうはん」の守り人』を推す(3/3)
http://kokoroniseiun.seesaa.net/article/262604555.html

 「田布施システム」はまた、電通を通じてヒロヒトを「平和天皇」として、
ラジオやテレビ、出版などを支配して演出させていくのである。
 私たちは昭和天皇が戦後は「象徴」となって、政治に関与しなくなった(戦前すらも関与していなかった??)と思わされているが、事実は戦後も戦前と同様に首相や大臣を呼びつけて細部にわたって質問したり指図したりしていたのである。
 それを隠し、象徴天皇と思い込ませてきたのが電通の深謀遠慮だった。

 こうした「田布施システム」の活動資金は、どこから出たかというと、
むろん天皇は自腹を傷めるようなことはしない。
 なんと戦時中に国民に供出させた宝石や貴金属を資金にしたというのだから驚きである。


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山口県田布施町の怪 ~日本国家の真相~ (心に青雲)
http://www.asyura2.com/07/bd50/msg/536.html
現在の天皇家としては明治天皇=大室寅之祐の血筋は途切れたものの、田布施(または熊毛郡)出身の一族郎党が国の権力を握っていることに変わりはないようだ。安倍晋三が首相を辞めない(辞められない?)その傲慢さも、彼が明治以降に日本を牛耳ってきた権力を受け継いでいるからだろう。それに安倍晋三は統一教会と縁が深いのだからまさに朝鮮半島勢力である。明治天皇とその取り巻きが、なにせ田布施出身の朝鮮人系統なのだから、現実の政治はその流れに沿うのである。

終戦時(と開戦時)に外相だった東郷茂徳は、鹿児島の朝鮮人部落出身である。本名は朴茂徳である。鹿児島ではあるが、田布施と同じ出自なのだ。だから昭和天皇は終戦の大事な時期に、東郷茂徳を起用した。東郷に外交ルートを使った終戦工作、すなわち天皇の身の保全と、天皇家の蓄財の隠蔽を命じたのである。東郷はA級戦犯となり、服役中に病没しているが、おそらく真相を知る人間だから消されたのであろう。

 先に紹介したが、終戦時の安倍源基内務大臣は熊毛郡の出身で、安倍晋太郎・晋三との結びつきは不明らしい(家紋は同じ)が、大室家とは親族だという。安倍源基は周知のように、戦前、警察権力を一手に握った男で警視総監をやり、特高警察で君臨した。言ってみればゲシュタポかKGBの親分のようなものだ。権力者にとっては重要なポジションである。これもまた朝鮮人系が握っていたのだ。

 さらに。鬼塚氏が指摘しているのは、終戦時の内閣では大分県出身者が多いという。阿南惟幾陸相(竹田市出身)、梅津美治郎陸軍参謀長(中津市出身)、豊田副武海軍軍令部長(杵築市出身)、また重光葵(東久邇宮内閣外相)は国東半島出身。大分県は瀬戸内海で田布施とつながっている。この辺りは、先の家船漁民の活動範囲であって、その交流のなかで婚姻関係が結ばれていたはずなのである。つまり昭和天皇は同じ朝鮮人関係者で、敗戦処理を行なったのであった。

 こうして見てくると、どうして明治権力が朝鮮半島に侵出したか、しかも朝鮮半島をいわゆる植民地化せずに“内地化”して、インフラ整備を徹底的に施し、 “内鮮一致”を押し進めたかがわかる。つまり日本が稼いだ富を祖国・朝鮮半島にせっせと注入したのだ。また日本国内に在日朝鮮人を大量に残し、厚遇してきたかもわかる。権力者どもにとっては同族だからだ。わざと(ユダヤの指示で)日本国内に火種を残したとも言えるだろう。北による拉致だってわかったものではない。総連や北の工作員だけでなく、こうした闇のルートが拉致に介在した可能性もあるし、現在も小泉や安倍という朝鮮系の人間が首相をやっているのだから、闇は深まるばかりだ。




10日11時57分頃地震がありました。
震源地は宮城県沖 ( 北緯38.8度、東経142.2度)で震源の
深さは約40km、地震の規模(マグニチュード)は4.4と推定されます。

岩手県  震度2  大船渡市大船渡町


スマトラ島沖でマグニチュード8.7の地震、8.2の余震も
2012年04月11日 20:35 発信地:バンダアチェ/インドネシア
http://www.afpbb.com/article/disaster-accidents-crime/disaster/2870723/8771279

【4月11日 AFP】(一部更新、写真追加)インドネシア・スマトラ島沖で日本時間11日午後5時38分、マグニチュード(M)8.7の地震が発生した。米太平洋津波警報センター(Pacific Tsunami Warning Center)とインドネシア気象当局は直ちに津波警報を出した。タイやインド南部の住民も揺れを感じたという。



THE ALFEE 運命の轍 宿命の扉 
http://www.youtube.com/watch?v=GA6uMpFmZOU















































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父:久保田豊・銀杏家紋
  佐賀伊万里脇田 76歳
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母:犬塚三枝子・梅鉢家紋
  佐賀伊万里本瀬戸76歳
1941/0612   
1971/0216
娘:三匹児娘ブタ死育中
  21穢・17穢・15穢
1995/10/15
2000/04/11
2001/10/11

おれ 亥マリ居魔四露死苦
全裸道驀進中書く口激布陣


以上

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