2012-01-13

日本起源の謎

日本起源の謎を解くの著作の大嘘、捏造を暴きます。

日本起源の謎を解く 山本建造 著

二十六 原日本人の存在についての確証
 2 アイヌと宮古島住民の遺伝子

 アイヌと日本本土の和人とは右の如く全くよく似た母系遺伝子を持っている反面に、和人にはなくて宮古島とアイヌだけにはっきりと遺伝されているr遺伝子があるのです。

アイヌは      十二・四%
宮古島住民は     八・0%
石垣島        三・0%
台湾         一・0%
東京         三・0%

 右の統計によりますと、宮古島にいた人が黒潮に流されて北海道の胆振地方や日高地方に住みついたのがアイヌではないかと私は推定しています。その証拠には北海道から沖縄や九州方面の貝殻で作った腕輪が出土しています。腕輪は女の装身具ですから女性も漂着したに違いありません。
  
 3 原日本人を否定する学者たち

 ところが、日本には全然人類がいなかったという固定観念でコチコチになっている日本の一部の学者は、ややこしい学説をたてねばならないのです。それは、南方ATLウイルスに汚染された民族が日本全土へ入り込み縄文時代を形成していたところへ、大陸の感染度0.0%の弥生民族が侵入して、縄文民族を追い払って北方に逃げ残ったのがアイヌであると言い、南方に逃げて残ったのが九州や沖縄の人であると考えるのです。この考えは少し無理があると思います。~中略~

 陸の孤島の飛騨人が感染度零に近いことは、飛騨には原日本人の血族がそのまま残っていることを示すものであり、日本全土にはATLウイルスに感染したことのない原日本人が太古から住んでいた証拠です。




ATLウィルス・キャリア
http://www.geocities.jp/ikoh12/honnronn1/001honnronn_02_1kakubunnya_ni_tekiousuru.html
 
 ウィルス学の日沼頼夫らの研究によると、ATLウィルスの保有者はアイヌ系や南部九州、奄美、沖縄地方の人々に比較的多く、その他の地方は少ない。
 日沼は日本人をATL保有者群と非保有者群とに分け、前者が縄文系、後者が渡来系の集団に相当するのではないかと考えている。
 と埴原は紹介している。これも二重構造モデルを裏付けるというわけである。

 ATLウィルスというのは、1980年日沼頼夫によって発見された成人T細胞白血病の病原となるウィルスである。
     その感染者であるが、発病に到っていない人たちをキャリアと呼ぶ。そのキャリアの日本付近の分布が左の図である。
 これを見ると、まず大陸にはキャリアはいない。日本でも北海道のアイヌと琉球人や九州地方、日本列島の島嶼や沿岸部で分布が濃厚である。
 

 また世界的に見ると次の図のように、太平洋地域ではネグリト系のアエタ族やパプア・ニューギニアに分布し、オーストラリアのアボリジニーの中にもキャリアがいる。ほかには南米アンデスのインディオや北欧のラップ人にもキャリアの存在が確認されている。
 要は、極めて古い形を保持している集団にキャリアが残存しているのである。

 ATLウィルスキャリアのこのような分布から日沼によれば、旧石器時代以来、北方ユーラシアの古モンゴロイドの間に広く感染し、縄文時代以前の日本列島にもこれらキャリアの人々が住みついていた。その後稲作文化の伝来とともにATLウィルスが既に消滅した地域の中国や朝鮮半島から新モンゴロイドの人たちが大勢移住してきた。
 そのため日本列島中心部ではキャリアの割合が薄められ、ついには殆んどいなくなった。その結果、列島の南と北の端と列島の僻地にキャリア集団が残ることになった、というのである。

 日沼の見解は二重構造モデルにダブっているように聞こえるが、縄文時代以前の日本列島住人が北方ユーラシアの古モンゴロイドであるとはっきり表明している。
 その面では、埴原が主張する“日本人のルーツは南方の原アジア人”とは明らかに喰い違いをみせている。


フロリダのミイラのmtDNA
http://www.geocities.jp/ikoh12/honnronn1/001honnronn_03_1mt_dna.html

1986年、アメリカ・フロリダ州の湿原でミイラ化したヒトの脳組織が発掘された。このミイラは年代測定の結果約7,000年前のものと判明し、従ってこの脳組織はアメリカインディアンの祖先のものとされた。

 カリフォルニア大学のスバンテ・ベーボとアラン・ウィルソンらは、この脳組織からまからまず、微量のmtDNA(ミトコンドリア・デオキシリボ核酸)の抽出に成功した。    

 つぎに当時最新の画期的なDNA増幅技術・PCR法を使って、mtDNAの一部を増幅し塩基配列(DNAの文字配列)の決定にも成功したのである。

 その結果は、大部分の現代人では“GGGCCC”という文字列になっている塩基配列が、このミイラは“GGACCC”となっていた。
 S・ベーボやA・ウィルソンらは、まず現代インディアンのなかにGGACCCの塩基配列を持つ人がいないかを調べたが、見出せなかった。
 ところが宝来がこれまで調べた日本人の中の5人が、ミイラと同じGGACCCという配列であることが明らかとなったのである。

 このような変異型のDNA配列を持つミイラと現代日本人の一部が一致するというようなことは、偶然では起こり得ない。
 従って、現代日本人と7,000年前に生きていた北米のインディアンが、遺伝子のレベルで共通の基盤を持っていたことがわかったのである。



南太平洋を渡った三内丸山縄文土器
http://www18.ocn.ne.jp/~tugaru/minamitaiheiyou.html

また「三内丸山縄文遺跡」から20km.離れた津軽半島の蟹田町「大平山元遺跡」が発掘調査された。その遺跡は縄文草創期の遺跡であり、「無紋土器」の小さな破片が数点出土していた。その「無紋土器」破片の作成年代を放射能炭素測定法で測定したところ、16,500年前の物と判定があり、日本最古の土器ではないかとまたまた学会を困惑?させている。
となれば、土器の起源が沖積世の時代よりも更に数千年遡ることになる。草創期で有名な遺跡としては泉福寺洞穴遺跡(長崎)があり、そこからは「豆粒文土器」「隆線文土器」が発掘され約13,000年前~11,000年前のものと測定されており、学者間ではこれらを最古のものとしている。
 日本の土器は世界的に見ても非常に古い歴史を持っているので、土器は日本で発生して世界に伝播したという説が有力である。

 この視点から考えると、縄文土器が当時交流が無かった外国の遺跡から発掘されることはありえないことである。
しかし驚くことに、南太平洋の島々の遺跡で「縄文土器」が出土していたのである。
'98年8月14日読売新聞に「南太平洋縄文土器」と言う新聞記事があり、その土器様式について細部にわたり報告されている。
日本から6,000km.も離れた南太平洋上のブアヌアツ共和国エファテー島の遺跡で、40数年前、フランスの考古学者ジョゼ・ガランジェ博士が、この地方から珍しい土器を13~14片を発見したと論文で発表したところ、ハワイ・ビショップ博物館の篠遠喜彦博士が「縄文土器」であることを指摘され、さらに東北大学名誉教授芹沢長介博士が詳細に追跡調査の結果、日本の縄文時代早期の円筒下層C式・D式に非常に似ている。と仮説を発表した。
 この様式の縄文土器は紀元前2,000年3,000年のものであり、仮説はメラネシアにおける土器の起源に大きく影響することになり、当時の考古学者の常識から見ればあまりにも奇想天外な仮説であると、その後20数年は疑問を持ちながらも「エファテーの縄文土器」は放置されていた。が、'93年に先の篠遠博士がアリゾナ大学W・デイキンソン博士、サイモン・ブレイザー大学R・シャトラー博士と共同で、土器の調査分析に着手した結果、驚愕の成果を発表した。
 ① 年代測定には「熱ルミネッセンス法」により測定され、約5,000年前(縄文前期末) ~約4,500年前(縄文中期末)作成されたものと測定。
 ② 土器形成成分分析においては、ブアヌアツには存在しない鉱物が認められ、しかもそ の成分は青森県内出土の縄文土器と形成成分が、質、量、技法等が一致し、そのものである と判明した。
 ③ そうなのです。「エファテーの縄文土器」は縄文土器に似ているのではなく、古代津 軽の特産品「三内丸山集落土器工房謹製」の縄文土器そのものだったのである。

 中国朝鮮、韃靼地方、アリューシャン列島の遺跡から僅かに出土する縄文土器は、古代から交流のある近隣地域であるので納得するが、太平洋を隔てた遥か南洋の島々に「海の人」としての縄文人は、何を目的に渡航したものなのか、渡航の手段は、日数は、渡航人数は、と、いろいろ考えると渡航者本人の気分興奮して胸がワクワクしてくる。
渡航手段は「東日流外三郡誌」や「竹内文書」等の古文書にある古代宇宙船で渡ってしまったのかな?とロマンを掻き立てる。

 南太平洋上の他の地域、例えばポリネシア、ミクロネシア、硫黄島、ニューカレドニア、パプアニューギニア、イースター島にも縄文土器らしい土器破片が出土したり、土器破片が出土しないまでも、古代信仰、習慣、言語を同じくするものが多くあり(注)、もしかして「三内丸山縄文文化」は古代世界の文化文明の発信地ではなかったろうかと考えるのは、私ばかりでしょうか。
 (注)・海幸彦、山幸彦の神話
    ・巨石信仰、磐信仰、巨木信仰、蛇(龍)信仰、万物霊信仰
    ・巫女(おしら様)信仰、天神地神信仰
    ・魚醤、噛み酒
    ・アヤ、アバ、ヤヤ、(父と母ー逆の場合もある)ウム(産む)等々





 ATLウィルス・キャリアが世界中に伝搬していった世界分布が縄文土器の出土位置とほぼ一致しており、1万6500年以上の歴史を持つ縄文土器は日本から六〇〇〇㎞離れた場所で発見された「エファテーの縄文土器」が示す通り青森県内出土の縄文土器と形成成分が、質、量、技法等が一致し、そのものであると判明した結果から見ても、原日本人はATLウイルスを持っていたと思われます。
 またアイヌ人はYAP(+)という特殊な塩基配列を88%持っています。 このYAP+は、アフリカ、地中海沿いの中東からイタリア南部、パレスチナ人、スファラディユダヤ人、アルタイ、チベット、インド洋のアンダマン諸島、エスキモー、ウイグル人、中国チワン自治区、アメリカのネイティブインディアンに特徴的に見られるものですが、何と近くの中国、韓国の人々にはほとんど全く見られない遺伝情報です。

よって山本建造氏の推定するアイヌは南から海を渡ってきた渡来人説は
まったく根拠を持たない妄想であると断言できます。



また、日本建国の主体、その中核としての
天孫民族または天津神は日本列島生え抜き人種であって、
海外のどこからか渡来、移住したものではない。
日本列島には数十万年前から原人が生活していた。
縄文人は一万数千年前、世界最古の土器を作っている。
日本建国の構想を発起してそれを実行に移したのは、
日本列島の中央山地飛騨の人々であるという。



この天孫民族は飛騨人というところも上記文章のアイヌ人DNA世界分布のようなはっきりとした証拠もないにもかかわらず断定しているあたり胡散臭く、明仁偽天皇一族崇拝信者の捏造のように思います。

私の推論ですが、古代縄文時代に飛騨王朝は存在した可能性はありますが、
それが高天原であったかどうかは今現在はわからないと思います。






14日15時07分頃地震がありました。
震源地は胆振地方中東部 ( 北緯42.9度、東経142.2度)で震源の
深さは約130km、地震の規模(マグニチュード)は3.7と推定されます。

北海道  震度1  函館市新浜町



















































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プロフィール

finss

Author:finss
Photograph三島鴨神社
古賀敏恵 Toshie Koga
現在大阪腐高槻死シボウ
出身佐賀縣伊魔里死本瀬戸
本籍長崎縣佐世保死天神蝶
誕生16日feb月1971穢46
趣味オンラインゲー ム
  腐女婆・婆喰イ 仁
  マザコン男漁り痴女
職業ニートひき籠 もり
  中毒婆自称文学屋

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豚賊ゴキブリ組   
父:久保田豊・銀杏家紋
  佐賀伊万里脇田 76歳
1941/09/20
母:犬塚三枝子・梅鉢家紋
  佐賀伊万里本瀬戸76歳
1941/0612   
1971/0216
娘:三匹児娘ブタ死育中
  21穢・17穢・15穢
1995/10/15
2000/04/11
2001/10/11

おれ 亥マリ居魔四露死苦
全裸道驀進中書く口激布陣


以上

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